坂道徒然草

乃木坂46、欅坂46に関して思った事を思ったまま書き連ねる徒然草。 Twitter→@masa_NGZ

18枚目妄想選抜

この記事を投稿してる時点では明日、乃木坂工事中で選抜発表がされる。

 

そこで、発表前のこのタイミングでしかできない【妄想】をいくつかしてみた。

Twitterに何パターンか投稿したのでここにまとめ。

あくまでも『妄想』なので「あのメンバーが入ってないじゃないか!」とか「このメンバーじゃダメだろ」なんて無粋なのは無用に願いますよ。

 

 

【妄想選抜1】

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侍ジャパンで一緒だった3人がフロントで、甲子園の入場曲採用を目指した夏の爽やかな応援ソングを。

2列目左右は若いフロント両脇との対比でお姉さんを。
3列目は夏曲が似合いそうなメンバーを中心に。
両サイドはセンター、2列目からの流れでお姉さん三角形を。

 

かりん→かずみん→じょーさん、生駒→絢音の秋田ペアという関係性の深い並びもポイント。

 

 

【妄想選抜2】

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綺麗な大人のお姉様選抜。
男子高校生がミステリアスなお姉様に恋するけど、軽くあしらわれてしまうひと夏のファンタジー系ソング。
センターみさ先輩はポエトリーリーディングで「食べちゃいたい」を(笑)

イメージ的には「きまぐれオレンジ★ロード」の鮎川まどか
古いな…w

 

 

【妄想選抜3】

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フレッシュ選抜。
全体的に若手で揃えて井上陽水の「少年時代」やZONEの「secret base」のような、子供目線で夏の終わりの切ない曲を。
一応、要所に経験豊富な大人メンバーを配置しフォロー。
3期生から無邪気で子供的な夏が似合う珠ちゃんれんたんをシンメトリーで。

 

 

【妄想選抜4】

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ウルトラC選抜。
センターに蘭世を投入。
仲の良いみりあやねを左右に。
経験不足なフロントを2列目から重鎮が支えるこの安心感。
3列目は仲良しれなち&くぼしー、かりん&葉月を並べ、純奈と琴子の美形ペアをシンメにしボーダー組勢揃い。
まいちゅん・伊織は美脚の威力が発揮しやすいサイドで。

 

 

【まとめ】

どのパターンを考えても、今回はかりんちゃんを必ず投入。
意外とどのテーマでもマッチしてくれる有能さ。

絢音ちゃんはアンダラ全員センター企画で夏曲が似合う事が証明済み。
3期生はテーマに合う人選してみたつもり。

 

そして、選抜固定メンバーいなくても十分戦えるんじゃない?(一応、フォントサイズ小さくしとくw)

風流を解する心

乃木坂46の1期生は太陽で、2期生は月なんだと思う。

 

太陽が輝く昼間は、月は薄白く見える程度。

明るい太陽の下、陽気で元気な「動」のエネルギー。
ただし、太陽を直視すると目を焼かれて物が見えなくなってもしまう。

 


夜になった時に暗い道を照らすのは、白銀の月。
美しい満月であったり、引き絞った弓のように凛とした三日月であったり、様々な姿に変化して魅せてくれる。

周りが暗いからこそ際立つ「静」の美しさ。

 

ただし、夜に家に籠もってる人間は知ることができない。

 

 

いま地上には、太陽に目を焼かれた狭い視野に映る物のみが世の中の全てだと信じる人が多い。

それが「自分にとっての」全てだと気付かずに。

 

月は、自己主張をしない。

ただそこに居て、地上を照らし続けているだけだ。

それが太陽に目を奪われた人には暗くて頼りなく映るのだろう。

夜は家に引きこもるから「月は要らない」と思うのだろう。

 

目に入らないもの、自分にとって必要ないものを頭ごなしに否定する心の貧しさよ。 

太陽と月は表裏一体、どちらが欠けてもバランスが成り立たない。

 

中秋の名月という美しい風習を持つ日本人として、月を愛でる風流とゆとりは持っていたいと思う。

等価交換の法則

ワイドショーのコメンテーターとかコラムニストがしたり顔で恋愛禁止ルールとファンの幻想を論じるけど、問題の本質はそこじゃない。

 

総選挙って上位に入ればシングルへの参加やメディア露出の増加など「アイドルとして活躍する場を増やせる」からこそファンは大金を払ってるのに、もはやアイドルをやる気がない人が「アイドルとして上に行くためにお金を出してくれ」と催促した事こそがこの騒動の本質。

それを恋愛禁止がおかしいだの結婚というおめでたい事も祝えないだの、印象操作というやつか?

 

いつだったか、旅行代理店のてるみくらぶが倒産が分かっていながら旅行代金を払い込ませていたのと同じこと。

 

旅行代金に見合うホテルや飛行機の座席が得られないのと、

投票数(順位)に見合うメンバーの活躍を見られなくなるというのは、

どちらも払ったお金への対価が得られていないという点で同種の詐欺事件。

 

あ、一応言っておくと、投票券じゃなくてCDを買ってるんだとか、商法としての問題点は別の問題として置いときます。

 

 

世に「無償の愛」なんて言葉はあるけれど、少なくともアイドル界隈にはそんなものは存在しない。

 

CDを買う、雑誌を買う、DVDを買う、グッズを買う、握手会に行く、ライブに行く。

 

ただ好きで勝手に応援してるだけだと言ってみても、

 

・雑誌のインタビューで想いを知れて嬉しい

・DVDでパフォーマンスが見れて嬉しい

・握手会で直接話せて嬉しい

 

という、「幸福感」を対価に得ている。

 

先にも書いたけど、選抜総選挙は上位に入ればシングルへの参加、メディア露出の増加というアイドル活動の幅を広げる事ができる。

それはファンにとっては等価以上の価値があろう。

だから、ファンは推しメンに少しでも良い環境を用意しようと躍起になる。

 

もし、等価交換がなされないなら、それは一方的な「搾取」でしかないのに、当事者とその周辺は意図的かそこから目をそらしている。

秋元康にいたっては当事者を慰留までしたそうだ。

「面白ければ何でもいい」というのが氏のポリシーらしいが、詐欺被害に遭った人たちと、アイドルたらんと必死に頑張ってる他のメンバーの顔に泥を塗る行為ではないのか?

それを面白いと思ってお金を払ってくれると思っているのか?

だとしたら、NMBのファンはナメられてる。

怒っていいと思う。

 

 

グループの先に居るファンを抜きにした面白さって…。

そこは提供される物と支払う金額が対等に価値を有するものでなければ良い関係は成り立たない。

シーソーは片側だけが重ければ一往復すら動かないのだから。

 

 

余談。

ご新規さんの増えてきた今となっては知らない人も多くなったろうけど、乃木坂でも大きなスキャンダルはいくつか有った。

ただ、総選挙のように天井知らずに数百万円にものぼる集金コンテンツはなく、せいぜい握手券の数千円といったところで収まっているだろう。

どうやら乃木坂メンバーのスキャンダルを文春が用意しているらしい。

件の結婚宣言も引鉄は文春だった。

(おそらく記事が出なければのうのうとアイドル稼業を続けたのだろう)

今回の乃木坂のスキャンダルに対して、どのような対応をとるのか…、心配でもあり気がかりでもあり…。

 

 

※最後に

偉そうにアレコレ言ってますが、特にNMBおよび当該メンバーのファンではありません。

総選挙も過去に2枚しか投票した事ないです。

部外者なのでトンチンカンな事を言ってたらゴメンナサイ。

ただ、今回は「アイドルとは」という括りで気になったので取り上げさせてもらいました。

何の選抜?

あさひなぐ」の舞台版、映画版出演者はどのように決められたのだろう?

 

映画版は現時点では発表されてないけど、舞台版でまず気になるのは選抜メンバーのみ、という事。

映画版もおそらく同様なのだろう。

 

乃木坂46の選抜メンバーというのは、

「シングルの表題曲を歌うメンバー」

だと思っているのだけど、違うのだろうか?

もちろん、表題曲を歌う以上はグループの顔として歌番組や雑誌などに優先的に出て行くのは分かる。

選抜とアンダーで格差があるのも当然だと理解している。

 

しかし、舞台や映画も、グループの顔が出て行く必要があるのだろうか?

演技という世界は、自分の色を出していくアイドルとは異なり、作品世界とその登場人物が本当に存在するかのように自分の色を隠していく物だろう。(もちろん、自分の色をキャラクターに投影した方が良い作品もあろうが)

ようするに、アイドルとは別の世界なのである。

 

そんな世界に、なぜ「曲を歌って踊るために選ばれたメンバー」が優先されているのだろう?

 

アイドルながら演技適性の高い人は数多く居る。

今では演技派女優、個性派女優として知られる篠原涼子仲間由紀恵永作博美満島ひかりなどもアイドルだった。

 

異なる世界に挑戦するなら、少なくとも適性のあるメンバーで挑むのが相手に対する礼儀というものではないだろうか。

 

断っておきたいのは、決して今の出演者を否定している訳ではない。

これが、全員のオーディションで決められたのなら何一つ文句はないのだが、無条件に枠を決めてしまったら、仮に逸材が居たところでいつまでも埋もれたままとなってしまう。

 

実際、アンダーでも後方に居る伊藤純奈は「墓場、女子高生」を足掛かりに「犬夜叉」で高い評価を得た。

 

映像作品の側でも、乃木坂は個人PVで数多くのドラマを作っているが、今作17枚目では、相楽伊織が繊細な感情の動きを表情で魅せる演技で魅了してくれた。

 

このように演技の素質があるメンバーが存在しているにもかかわらず、頑なに選抜メンバーだけで仕事を進めようとする運営の意図はなんなのか。

 

一年前も、「じょしらく弐」は立候補制と言いつつ「15人を越えたらアンダーメンバーはオーディションで決定」としていた。

たとえば、演技力の低い選抜メンバーが残る事で枠が減り、演技を期待できるアンダーメンバーが出られないなんて事にもなってしまう。

たまたま15人だったため全員舞台に上がる事ができたが、もしかしたら機会の少ないアンダーメンバーがオーディションにならないように辞退した選抜メンバーも居たかもしれない。 

まさに愚の骨頂、作品の質を落とす蛮行でしかない。

 

本当に、ここで選抜とアンダーの格差は本当に必要なんだろうか?

演技をするために選ばれた選抜ではないのに?

 

すべての仕事を選抜とアンダーという固定観念に捕らわれるのではなく柔軟に運営してこそ、それぞれの作品の質も高まるし、「しょせんアイドルでしょ」という声を黙らせ「演劇集団」としての乃木坂46の評価も高まるはずだ。

 

佐々木琴子「覚醒」騒動に思う

琴子が「覚醒した」って言う新しい人と、「前に戻っただけ」と言う昔からのファン。


それぞれの発言に共通してるのは「直近の状態から変わった」という事で、相違してるのは「変わる前の状態がどうだったか」という事。


「覚醒」と言うと最初から一貫して塩対応だった事になるけど、それは過去の握手レポを読めば誤りである事は分かる。

個人の主観で書かれたレポが100%信頼できる物では無いとしても、少なくともネガティブな内容は見当たらない。

 

それは琴子自身のブログからも前向きな姿勢が見て取れる。

※2015/05/16 佐々木琴子ブログより

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kidsに夢を | 乃木坂46 佐々木琴子 公式ブログ 

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※2015/02/17 佐々木琴子ブログより

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チョコレート〜〜 | 乃木坂46 佐々木琴子 公式ブログ

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このように握手会に苦手意識は持っておらず、むしろ楽しんでいる様子がよく分かる。

 

ただ、古くからの琴子ファンでも「変わった」という事を認めてる人が居る訳だから直近の状態がこの当時と異なっていた事は事実。

 

では何故、このような楽しげな様子から変わってしまったのか。

現在、Twitterまとめサイト(2ちゃん)などで「変わった」とか「良くなった」という事だけが話題になってるけど、そもそもが低調になった原因についての議論は見かけない。

握手にポジティブに取り組んでいたのが急に苦手意識を持つなんてそう簡単に起こる事ではない。

握手会の中で苦手意識、さらには恐怖心を抱く何かがあったと考える事が自然だ。

 

この点をきちんと考えないでただ「覚醒」だの「良くなった」とか表面的なものだけで騒ぐと、大きな過ちに繋がる気がしてならない。

 

 

 

ここからは確たる証拠のない話しである事を先に断っておく。

2015年秋頃にまことしやかに聞こえてきてた【噂】。

 

 『佐々木琴子が握手会で暴言を吐かれたらしい』

 

重ねて言うが、これはあくまでも証拠のない噂。

 

ただ、これが真実だと思えてしまうほどに握手会への恐怖心が見て取れるようになった。

個握よりも全握の方が苦手そうだ、という評もあった。

どんな人が来るか分からない全握の方が…、という事かもしれない。

 

もちろん、みさ先輩を始めとする他のメンバーも酷い暴言を受けている事実は知られているので、それだけで免罪符になるとは思わないが、そこはアイドルである以前に一人の人間であり、未成年のか弱い女の子。

若いか年配か分からないけど威圧感ある男性から暴言を吐かれればその恐怖と心の傷は計り知れない。

 

 

そこで、これが真実だと仮定すると、琴子が変わってしまった原因は当然「ファン」の側という事になる。

…そんな輩を「ファン」と呼びたくはないが。

ある特定の一人により握手に恐怖を覚え、その様子を面白可笑しく囃し立てるその他大勢。

 

ここから目をそらしてただ「覚醒」だの「良くなった」だのと無責任に煽って騒ぎ立てるのは、結局は面白可笑しく囃し立ててたその他大勢とまったく同じだという事実。

 

乃木坂46自体はここ2年余りで大きくファンの裾野を広げ握手会の人口密度も消防法に抵触してるとしか思えないほど爆発的に増加した。

琴子の美貌はご新規さんの目に留まりやすいと思うが、興味を持ってくれた人が面白半分に煽って楽しんでるような情報を鵜呑みにしてしまう事が起きたら、結局は琴子にとってマイナスとなってしまう。

 

『ファンがメンバーの足を引っ張る行為』

 

今回の琴子覚醒騒動では、これを忘れてはいけないと思う。

 

 

握手というのはメンバーとファンが相互に信頼しあって行う、片方だけでは成立しない合わせ鏡のようなもの。

メンバーがどうしたらいいのか分からないような接し方をしておきながら「対応がダメだ」というのは論外。

メンバーの様子がおかしいのだとしたら、それは鏡に映った自分の姿だと思うべきだ。

「握手が片手だった」とか「笑顔が無かった」とか得意気に攻め立ててる輩は、自分がどんな顔をしてどんな話しをしているのか、省みてほしい。

 

今だからこそ、アンダーライブに行くべき理由

2016年末、武道館で寺田蘭世が「史上最弱のアンダーセンター」と言われていると悔しさを滲ませた。

 

実際にそういった心無い発言が有ったのは確かだけど、何をもって最弱と言っていたのかは、正直どうでもいい。

どうせ自分の好きなメンバーが居ないというだけだし。

 

それでも、そんな声に負けずに「この16人でアンダーライブの第2章を作っていく」と高らかに宣言がなされた。

宣言後のこの関東シリーズが、まさに新たなページのスタートとなる。

 

だが、その宣言からたった2ヶ月で、当の寺田蘭世が選抜に入る事となった。

アンダーライブを実力、人気の面で牽引していた中田、優里、樋口の3人も選抜へ。

最強の16人からアンダーセンター経験者でもある中心人物が4人も居なくなった。

 

選抜人数が大幅に拡張され、全体の2/3が選抜メンバー、という異常な状況であったが、これは3期生のアンダー受け入れ準備だと思っていた。

ところが、3期生はアンダーに合流せず、単独でライブを行うという発表。

 

ここにおいて、アンダーの人数を減らしたのが3期生のためではなく、現アンダーメンバーが全体から「梯子を外された」、あるいは「島に取り残された」という尋常ではない事態であった事が判明する。

 

会場も1万人規模で4公演と優遇してるように見えるが、これも疑心暗鬼に陥った目で見ると「ほら、会場埋められなかっただろう」と言いたい運営側のアリバイ作りのためにしか思えない。

邪推であってほしいけど、この運営は今までに散々信用なくしてきてるからな…。

 

 

アンダーライブは逆境の中で産声をあげ、逆境の中で育ってきたが、今回は今までが可愛いものだったと思えるほど「逆境の集大成」ではないだろうか。

 

・史上最少12人

今まで中心メンバーとなった経験の乏しいメンバーばかり。

しかも、16人の曲でもフォーメーションがスカスカに見えてしまうかもしれない。

 

・振り付けの大幅変更?

12人でステージ栄えするようにダンスにも変更が入る可能性が高いのではなかろうか。

すなわち、リハーサルの負荷が高まるという事に。

 

・(実質的な)選抜経験者の不在

選抜経験者は一番直近の伊織ですら11枚目、2年前。

2期生は伊織1人だし、1期生は2年以上前に一度だけ、というメンバーばかり。

実質的には未経験者ばかりと言って良さそう。

 

・アンダーセンター経験者の不在

過去16枚でのアンダーセンター経験者はすべて選抜に居る。

それは正しいステップアップではあるけど、初アンダーセンターにして最年少のみり愛を脇で、後ろで支える事ができる経験者が居ないのは厳しい。

 

・動員数は過去最大級

有明コロシアムの8千人、武道館の1万人を2公演、という集客実績はあるが、今回は実質4万人の集客が必要となる。

しかも「握手会基準」で言う集客力のあるメンバーは軒並み選抜に持って行かれた。

集客力の低いメンバーでさらに人数も少ないという状況。

 

・名物企画の陳腐化

去年のクリスマスライブ、選抜側でも全員センターを行っていたが、そこから「本人プロデュース」という進化を遂げて歌う曲やメンバー、演出まで本人の納得のいく物を作り上げてきた。

ただ単に抽選で曲を選ぶだけの従来の方式が役目を終えた瞬間だった。

本当なら本家であるアンダーライブでこそあの企画を行うべきだったんだけど…。

目新しさの無くなったこの企画を進化させる事ができるのか…?


・3期生単独ライブの発表

もはや運営による当てつけとしか思えないこの仕打ち。

 人間どうしても新しいものに目移りするのは仕方ない事だし、3期生への熱が高い内にバリューを高めておきたいのも分かる。

しかし、時期が悪すぎる。

アンダーライブに行くつもりだった予算を3期生ライブに回す人が多く出てしまうだろう…。

なぜこのタイミングにセッティングしたのか…。

 

・文春事件

…これはできれば書きたくなかったけど。

2ヶ月スルーして沈静化の方向に進みそうだが、人数が少ないアンダーライブではイヤでも目に入るし、発言も多そう。

ファン感情がどのように暴走するか分からない。

 

 

パッと思いつくまま挙げただけでこれだけ出てくる。

まさに逆境のオンパレード。

 

 

それでも。

それでも、今だからこそ、アンダーライブには観に行くべき理由がある。

 

 

・乃木坂内において群を抜くライブ経験

選抜固定メンバーに対して絶対的優位な経験値

皮肉な事に、運営に干されたお陰で場数を多く踏む事ができ、ライブパフォーマンスに大いに磨きがかかっている。

選抜と公演を分け合ったクリスマス武道館4公演でも、一般人やメディアの反応の多くがアンダーライブ千秋楽をベストに推している程にクオリティが高まっている。

 

・長年のライブで培われたチームワーク

これも先程と同じく運営のせいだが、長年「同じメンバー」でアンダーライブを作り上げてきた。

常に一緒に居るメンバー同士でこそ、阿吽の呼吸でなせる物がある。

 

・1人1人へ当たるスポット

普段の全体ライブでは常に30人以上が居るため、1人ずつのパフォーマンスも見え辛いし、動きを追うのも大変だ。

だが、今回は最少の12人。

一人一人のパフォーマンスがしっかり見られるし、磨き上げられたライブパフォーマンスが期待できるはずだ。

 

・座長 最年少みり愛

 最年少ながら一番精神年齢が高いんじゃないかと思いたくなるくらいしっかり者のみり愛だけど、ヒット祈願やラジオMC、のぎ天2での様子を見るとかなり気負ってると言うか入れ込んでるように感じられる。

人数の少なさ、箱の大きさだけでも厳しい状況なのは嫌というほど感じてるだろうけど、あの小さな体で重たい物を背負って立ち向かおうという強い決意を隠そうとしない。

覚悟を決めた人は、強いと思う。

 

・ボーダー組の台頭

個人仕事でも最近はれなちの歴史関係、純奈の舞台など力量を見せ始めている。

ただ、これは驚くには値しない。

元々、能力の有った子たちで、ただ表に出す場を得られなかっただけなのだから。

2年前まで研究生だった3人が最前列で引っ張り、純奈と琴子が背後をピシッと固めるこの配置は、将棋で言えば穴熊囲いの如き硬さ。

 

・乃木坂の未来が見える

去年のクリスマスライブ、全員センター企画でみり愛が「サヨナラの意味」を歌った時に、私はこんなツイートをした。

 

 

まさかこんなにすぐにこのフォーメーションを観られるとは思って無かったけど、そこには間違いなく乃木坂の未来がある。

この3人、5年前にまいやんが加入した時と同じか若いんだよ?

今回のアンダーライブで、5年後に夢を見させてもらえる事は間違いない。

 

 

ここまで長々と書き連ねてきましたが、言いたいことば結局ただ一つ。

今回のアンダーライブは、本当に観た方がいい。

卒業センターを考える

2016年は、発売3曲の内2曲を卒業発表メンバーがセンターを務めた。

運営側も卒業商法で荒稼ぎできるという裏の事情はありつつ、ファンからしたら最後の花道として喜ばしい事だと思う。

 

ただ、問題点というか、疑問に思う事も多い。

まず、今後も続々と出てくる卒業メンバーの全員をセンターとするのか。

しないのなら、その判断理由なり基準なりはどうするのか。

グループへの貢献度、という言い方は好きではないな。

皆、グループのためにそれぞれの方法で努力を重ねてファンを獲得している。

人気メンバーなら当然、と言えばその線引きはどこなのか。

握手で測るのなら、30部メンだけでも何人居るのやら…。

 

そして、今回主に論じたい点は、曲そのものの継続性について。

言うまでもなくセンターというのはその楽曲の顔であり、グループのイメージであり、ストーリーそのもの。

「サヨナラの意味」も、数ヶ月も「橋本奈々未の曲」として音楽番組にも出続けて一般視聴者にも印象付けたし、ファンの間でもななみん卒業曲として大切な曲となっている。

 

それが、卒業した時点でもう完全な形で披露する事が叶わない訳で、ストーリーも途切れイメージも変わり、曲自体の寿命を著しく縮めてしまっている。

他のメンバーが代役になっても、万人を納得させる事は難しい。

ライブや歌番組で披露する度にセンターを替えていては、曲のイメージも変わっていってしまう。

 

2017年バースデーライブにおいてハルジオンを3期生が歌った事で、「巣立ちの曲」が「芽吹きの曲」へとその価値観を変えてしまったのが顕著な例だろうか。

 

そこで個人的な意見だけど…。

卒業メンバーをセンターとするのではなく、そのメンバーと繋がりが強いメンバーや可愛がっている若手などにセンターを任せ、卒業メンバーはセンター脇に立つのが良いのではないか。

 

「自身が去る」事を歌うのではなく、「グループが送り出す」形にする。

 

そうすれば卒業を祝福するという曲自体の価値観は変わらぬまま継続していく事ができるだろう。

2016年神宮の川後ハルジオンで深川麻衣に対する想いを感じて誰しもが納得したように。

 

また、橋本奈々未の場合はセンター候補として盟友のまいやん、親友のような川後P、ななみんを尊敬する純奈などが適任だったか。

これなら例えば選抜未経験の純奈であっても関係性は周知の事実だし、隣でななみんが目を光らせて後ろ盾になればファンも納得できるはず。(できなくても、せざるをえないはず)

そもそも、今の硬直して身動きが取れない選抜でも若手を登用する名目が立つし、対外的にもバトンタッチした若手の存在を周知できる。

経験を積み成長にも繋がれば、乃木坂の土台底上げにもなる。

 

当面の経験不足な面は左右に控えるフロント常連組がフォローすればいいだけだし、デメリットよりもメリットの方が大きいと思う。

 

次の卒業がいつ、誰になるのか分からないけど、何も考えずに卒業センターと卒業ソロ曲を増やすよりは良いと思うのだが…。