坂道徒然草

乃木坂46、欅坂46に関して思った事を思ったまま書き連ねる徒然草。 Twitter→@masa_NGZ

それぞれの向き

乃木坂46結成時、国民的アイドルとして雲の上の存在だったAKBを越えるという目標の下に一致団結して同じ方向へ進んだ1期生。

皆で同じ方向を向いて横に並び、少しずつ前に進んで「線を面に広げた」イメージ。

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                (※再現CGメーカーさんを使わせていただきました)

 

1期生が「アイドルの世界」で領域を広げていくのと時を同じくして、2期生は「アイドル未踏の世界」で乃木坂の領域を広げてきた。

横に並んで同じ方向に歩くのではなく、中心からそれぞれの方向に向かい、水面に広がる波紋のように「点を円に広げた」イメージ。

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                (※再現CGメーカーさんを使わせていただきました)

 

「バラバラ」と評される事もある2期生。

だがそれは決してバラバラなのではなく、一人でも進んでいく強さがあり、それぞれしか出来ない道を切り開いているだけという事。

振り向けば真ん中に全員が帰る場所があるという事が、強い絆に繋がっているのだろう。

この1期生と違う領域を広げていた事により、乃木坂46は他のグループには見られない厚みや深みを手に入れる事ができた。

 

 

それでは、3期生はどうだろうか。

個人的には1期生同様、同じ方向に力を合わせて進んでいるイメージがある。

おそらくはアイドルとしては王道なのだろう。

だから運営の理解が及ぶ世界で御しやすく、1期生とペアにしやすいのだと思う。

1期生の卒業ラッシュを受けた世代交代を3期生にさせたいのも、そういったイメージを運営側が持っているからかもしれない。

ただそれは今の所、1期生が広げた領域を自分たちの色に塗り替えていっているだけのように見える。

世代交代して次代を担う中心だと言うのなら、1期生がたどり着いた更に先を広げる事ができるかどうかが、今後の3期生の真価が問われる時だと思う。

 

4期生はまだその個性を見せてはいないので正直よく分からない。

願わくば2期生のようにアイドルという枠にとらわれない、それぞれが新しい世界へ道を広げていってほしい。

 

それぞれの向き

乃木坂46結成時、国民的アイドルとして雲の上の存在だったAKBを越えるという目標の下に一致団結して同じ方向へ進んだ1期生。

皆で同じ方向を向いて横に並び、少しずつ前に進んで「線を面に広げた」イメージ。

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                (※再現CGメーカーさんを使わせていただきました)

 

1期生が「アイドルの世界」で領域を広げていくのと時を同じくして、2期生は「アイドル未踏の世界」で乃木坂の領域を広げてきた。

横に並んで同じ方向に歩くのではなく、中心からそれぞれの方向に向かい、水面に広がる波紋のように「点を円に広げた」イメージ。

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                (※再現CGメーカーさんを使わせていただきました)

 

「バラバラ」と評される事もある2期生。

だがそれは決してバラバラなのではなく、一人でも進んでいく強さがあり、それぞれしか出来ない道を切り開いているだけという事。

振り向けば真ん中に全員が帰る場所があるという事が、強い絆に繋がっているのだろう。

この1期生と違う領域を広げていた事により、乃木坂46は他のグループには見られない厚みや深みを手に入れる事ができた。

 

 

それでは、3期生はどうだろうか。

個人的には1期生同様、同じ方向に力を合わせて進んでいるイメージがある。

おそらくはアイドルとしては王道なのだろう。

だから運営の理解が及ぶ世界で御しやすく、1期生とペアにしやすいのだと思う。

1期生の卒業ラッシュを受けた世代交代を3期生にさせたいのも、そういったイメージを運営側が持っているからかもしれない。

ただそれは今の所、1期生が広げた領域を自分たちの色に塗り替えていっているだけのように見える。

世代交代して次代を担う中心だと言うのなら、1期生がたどり着いた更に先を広げる事ができるかどうかが、今後の3期生の真価が問われる時だと思う。

 

4期生はまだその個性を見せてはいないので正直よく分からない。

願わくば2期生のようにアイドルという枠にとらわれない、それぞれが新しい世界へ道を広げていってほしい。

 

辺境にいることを誇りに思う。

まずは伊藤純奈さん、佐々木琴子さん、鈴木絢音さん、寺田蘭世さん、山崎怜奈さん、渡辺みり愛さん、正規メンバー昇格4周年おめでとうございます。

 

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加入から2年もの長きに渡って叶わなかったシングル収録曲への初参加が、『ボーダー』という名前が付けられた曲。

昇格を知らされる前、ジャケ写撮影にも呼ばれずブックレットでも「研究生」としてアー写が余白たっぷり(デザインも糞もない)で載ってるだけの頃に収録された曲。

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一般的に「当落線上」というイメージが真っ先に思い浮かぶ人が多いだろうこのタイトルが、16歳前後のまだ幼さの残る少女達の目にどう映ったのか…。

  

 

「ボーダー」を辞書でひくと「境界」や「国境」とある。

歌詞を紐解けば「国境を超えて古い地図を書き換えよう」といった新しい世界への飛躍が歌われているが、やはり「ボーダー」という言葉の持つ強さに印象は引きずられるだろうか。

研究生という足枷を付けられた立場では目の前に厳然として立ちはだかる壁、あるいは溝があり、そこに与えられた「境界」という名の曲。

先に述べた「当落線上」というイメージから、ファンの中でも「崖っぷち」とか「ギリギリの立場」のように当時の彼女たちをあらわした言葉として捉えられたりするけど、実は辞書には【辺境】【未開拓地との境界】という意味も書かれている。

 

ここで私が好きな作品「銀河英雄伝説」の登場人物ユリアンのセリフを引用したい。

 

ぼくは辺境にいることを誇りに思う。

辺境とは時代を開く地平に、もっとも近いところなのだから。

                    (アニメ版88話より。原作では9巻第一章に相当)

 

壁で仕切られた「境界」に立つというよりも、未知の新世界を切り開いていく「辺境」に立っていると思えば、彼女たちが選抜メンバーですら手が届かないそれぞれの分野で活躍しているのも納得しやすい。

今になってみると、まさに彼女たちのフロンティアスピリットの象徴たる曲になっている事がよく分かる。

 

そして、6人の苦闘をよく知るからだろう、1期生メンバーからも非常に愛された曲でもある。

深川麻衣が46時間TVでの卒業企画として各シングルから1曲選んで披露するミニライブで選んだ事。

橋本奈々未が自身が決めた卒業コンサートのセットリストに組み込んだ事。

若月佑美が卒業セレモニーで自身が関わってない曲かた「特に聴きたい」と選んだ事。

先輩方の特別な日の貴重な1曲の枠を潰してまでも披露の場を用意してくれる程に愛してもらっている幸せな曲。

そしてつい先日のバースデーライブでも、衛藤美彩が特にコメントをしてくれた事。

 

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いわゆる「ボーダー組」と呼ばれる彼女たちは「ボーダー」という曲がその背中を押し、これから先どのような困難に直面しようともどのような場所に立とうとも、常に新しい世界を切り開いてくれることは間違いない。

 

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アンダー推しがアンダー推し目線で衛藤美彩卒業に寄せる駄文

衛藤美彩を称賛する時に真っ先に出るのは、人柄を知らなくてもその目を惹く美貌だろうか。

握手会に来た人を骨抜きにする握手対応だろうか。

舞台で観客を魅了した演技力だろうか。

 

ここでは特に歌唱力について語りたい。

みさみさの歌声は「意外BREAK」のほんの1フレーズでもずっと聴きたくなるほど耳に心地よい。

その歌唱力を、ここまで果たして存分に発揮できていただろうか。

 

乃木坂では選抜メンバーが出演するライブは基本的にバースデーライブと全国ツアーの2つ。

2018年は全国ツアーにバースデーライブが組み込まれた形で全11公演。

生駒里奈若月佑美の卒業ライブを含めても全13公演。

(上海、台北公演は一部メンバー)

 

これを多いと見るか少ないと見るか。

 

対して、もう一つの軸であるアンダーライブの2018年は

・中部シリーズ 7公演

・北海道シリーズ 4公演

・関東シリーズ 2公演

とコチラも13公演を数える。

全体ライブと合わせて26公演。

選抜メンバーに倍する場数と経験でパフォーマンス力に差がついていくのは自明の理だが、今はそれを語る場ではないか。

 

アンダーライブは伊藤かりん伊藤純奈、久保史緒里による歌唱ユニットや中部シリーズでの幕間コントや浴衣による夏祭りVer、古くはノンストップライブなど、シリーズごとにテーマを掲げて様々な企画を行ってきた。

また、全員センター企画やユニットメンバーの組み合わせを工夫するなど個人にスポットを当てる演出が多い。

表現者としては理想的な場ではないかと思う。

 

そして、ここまでアンダーライブを褒め称えてきたのは、

みさみさの歌唱力、パフォーマンス力がアンダーライブでこそ大いに本領発揮できたのではないか、という思いからだ。

 

先に挙げたかりん、純奈、久保による「歌うまメンバー」でのユニットは東京公演で大いなる感動をさらった(のぎ天2で一部視聴できる)

歌唱力ではこの3人に勝るとも劣らないみさみさがアンダーライブで歌唱力を押し出したユニットやソロ曲を歌ったら、演出の層がまた厚くなった事だろうし、ファンのボルテージも上がっただろう。

実際、最初期のアンダーライブでは生駒ちゃんのソロ曲「水玉模様」を自らのニックネーム「ビー玉」で替え歌にして歌ったりしている。

(アルバム「僕だけの君」特典DISKに収録)

 

表題曲と定番曲、最新曲を淡々とこなす全体ライブではとても行えない事だ。

選抜メンバーである事が、皮肉な事に衛藤美彩の魅力を発揮する為の足枷となっていたのではないか。

何ものにも縛られない自由なアンダーライブで衛藤美彩を観たかったと思うのは、まさに全体ライブでは十分に発揮できていなかったと感じるからだ。

 

乃木坂最初期のように選抜メンバーを固定せずどんどん流動化する事で現在の選抜固定メンバーもどんどんアンダーライブに出れば良いし、それによって新たな魅力を発揮する選抜メンバーも居る事だろう。

もっとも、それが叶わない事はアンダー推しとして身に沁みてよく分かっているが、ファンにとっても選抜メンバー本人にとっても大いなる損失だと思う。

個人の想いや指向など気にもとめない運営にとっては痛くも痒くもない事だろうが…。

 

さて、衛藤美彩卒業コンサートは「ソロコンサート」だという事だ。

卒業する事で初めて自分の魅力(武器)をファンに届ける事ができるというのも皮肉な話しだが、多くの人がおそらく初めて本来のパフォーマンスを目の当たりにする事になるだろうが、その魅力に魅了される人が量産される事だろう。

ライブビューイングでいいから、本人が望む形のパフォーマンスを目に焼き付けたいものだ。

世代交代

バースデーライブでのアンダーのパフォーマンスを観ると、

・研究生だった2期生が中核を担うまでに成長

・1期生は後輩を見守りながらまだまだ一線で意地を見せる

・フレッシュで即戦力な3期生が加入

という組織としてのバランスの良さがよくわかる。

 

最近の卒業生はアンダーからが多いけど、夢を見つけたメンバーが後進にその席を託して広い世界に旅立っていく、後輩はその席を受け継ぎより高めていく。

これこそ本当に正しい世代交代の姿だと思う。

 

 

近年、「乃木坂46」というグループに世代交代が叫ばれるようにはなった。

相変わらず中核は20代半ば、成長してきた今後の伸びしろが期待される若者は受け入れない。

もはや非常に硬直化した組織でしかない。

 

ただしこれは、「選抜」の話し。

「アンダー」には当てはまらない。

 

同じ「乃木坂46」の中に、世代交代に成功し健全な組織になっている成功例があるのは、皮肉な事でしかないな。

バースデーライブでのアンダーの扱いを中2らしく妄想する

6thバースデーライブのオープニング、白石麻衣鈴木絢音が主役の映像で始まったのを見て、初日に集まった6万人の中で驚かなかった人はゼロだと思う。
私もオーロラビジョンに映る映像をまったく現実感のないまま眺めていた。

 

乃木坂46は結成時から選抜とアンダーという上下関係に分かれていた。

そこに壮絶な断崖絶壁が立ちはだかる事は今更ここで言うまでもないが、残念な事にグループのファンですら「アンダーである」というだけでメンバーを蔑む者も多い。

 

そんな状況において、乃木坂を知らない世間の人にも名前を知られている【エース】白石麻衣と、乃木坂ファンの中ですらその素顔を知らない人も多い【選抜未経験】鈴木絢音が対等に並び立った事の衝撃。

 

ただこれは、ファンの立ち位置によって「衝撃」の意味合いは違っただろう。

古くからのファンはアンダーの歩んできた境遇をよく知るだけに。

ファンになったばかりの人は、ロクに見たこと無い2軍と思ってるがゆえに。

 

 

 

今回のバスラが選抜とアンダー2チーム構成だと知った時に頭をよぎったのは去年の神宮、期別ライブで2期生に向けられた一部の人間の悪意。
アンダーメンバーにそんな想いはしてほしくなかった。

 

シンクロの為に2チーム必要なら、選抜/アンダー混ぜた縦割り構成でいいのだし、実際にアンコールでは行っている。

何故あえて選抜/アンダーでの2チーム構成にしたのか。

今までの運営の行いを思い返せば「どうせ何も考えずに普段の仕組みを使っただけでしょ」と皮肉な見方をしてしまうけど(笑)

冷静になって考えてみると、ある目的が隠されていたんじゃないかと思えてきた。

 

それは、

 

  『アンダーのお披露目』

 

ではなかろうか。

 

新しいファンが爆発的に増えた今、アンダーに関心を持つ割合は相対的に減っているんじゃないかと思う。

会場で周りの話しが聞こえてきた中でも、アンダーメンバーを知らないと言ってる人がいた。

そういった人達に向けてアンダーメンバーをアピールする舞台を用意してくれた…?

 

 

積み上げてきたライブ経験の差は、選抜メンバーとはもはや天と地の差。

大きな会場では隠せる粗も、誤魔化しようのない小さな箱だからこそシビアに磨きあげられてきた。

それなのに全体ライブでは選抜というだけで前に出て、アンダーはバックダンサー扱い。

「人気」というフィルターを外し純粋にライブパフォーマンスだけで見たらアンダーに軍配が上がるだろう。 

そう、つまり、アンダーメンバーに足りないもの…「人気」。

 

このテコ入れと言うのか底上げと言うのか、まずはアンダーメンバーの最大の武器である「ライブパフォーマンス」を知ってもらう事。

それを「人気」に繋げる事。

これこそが選抜とアンダーを対等に扱った真意ではないだろうか。

 

「2会場で同時に同じ曲をパフォーマンスする」という企画であれば、そのセンターには白石、西野、生田、飛鳥あたりを両会場に振り分ければ良い訳で、観客の満足度を考えれば当然の施策であろう。

それを捨てて、選抜とアンダーを対等に扱う。

シンクロニシティのセンター白石麻衣に対し、鈴木絢音を対等に扱う。

運営としては物凄く勇気のいる決断だと思う。

 

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そもそも、アンダーのリード曲として選んだのが「自惚れビーチ」である。

メンバーからの評価も非常に高く、アンダー推しの中でも人気が高い。

だが、その初出が「アンダーアルバム」である時点で知ってる人が非常に少ないだろう。

これも大いなるチャレンジだったと思うが、この名曲を埋もれさせる事無く世に出した事はファンとして非常に喜ばしい事だった。

 

アンダーは運営にそう決断させるだけの力があると認めさせている事の証明であり、どんな状況下でも腐らず長い期間をかけて積み上げてきた信頼がある事の証明でもある。

 

今回センターを努めた鈴木絢音は初日終演後にカメラに向かってこのような趣旨の事を言った。(申し訳ない、一字一句正確には覚えられなかった…)

 

「アンダーライブを見たことがない人にも、良さを伝えられたのではないかと思います」

 

「観てもらえさえすれば」伝わると、確信している自信。

観てもらうための、知ってもらうための、アンダーのお披露目。

 

この自信こそがアンダーでバースデーライブの半分を回した理由と根拠であると、勝手に納得しておこう。

 

そしてこの記事の冒頭で、またメンバーが悪意にさらされてほしくない、という趣旨の事を書いた。

でも、そんな心配はまったくの無用だった。

メンバーは自信を持って前を向いて進んでいる。

私が4年に渡るアンダー推し生活で卑屈になったまま、立ち止まっていたのだろう。

反省して、前に進んでいるメンバーに追いつき、応援していかなければ、と決意を新たにした。

 

 

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継がれてゆく光

会社などの組織であれば人事異動などにより退任者のポストを別の人間が引き継ぐのは当たり前の事だが、ことアイドルグループとなると、それぞれが独自の個性と立ち位置を持つがゆえに後継者を据えるというのは難しい。

深川麻衣の卒業後に第2の聖母が現れなかったように。

 

だがそれでも、願ってしまう事はある。

 

生駒里奈から、鈴木絢音へ。


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生駒里奈の推しどこ』に収録されている乃木どこ#86「2期生意識調査」。

絢音ちゃんが初めて発言した際に「妹が来たよぉー」と立ち上がって嬉しそうにバナナマンに報告する生駒ちゃん。

 

一人東京に出てきて苦労した田舎娘にとって、安らげる地元を思い出させてくれる同郷の妹分。

「乃木坂の顔」と「選抜未経験」の差なんて言いたい奴に言わせておけばいい。

確かに一緒に仕事する機会は少なかっただろうけど、2人の間の絆には一切関係のない事だ。

 


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そんな2人のキャラクターは正反対だと思う。

 

生駒里奈は、太陽。

 

雪国出身とは思えない、南国の太陽のようにほとばしる熱く膨大なエネルギーにより皆を照らし導き、見上げれば必ずそこに存在する。

時にその輝きに目を焼かれた人が物事を見れなくなったのか、「アンチ」なる人種も多く発生したけれど。

強い光には濃い闇が生まれてしまう事は仕方のない事か…。

 
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 (↑そのオーラに圧倒された瞬間)

 

 

鈴木絢音は、月。

 

冬の澄み切った空気の中、漆黒の夜空に浮かぶ白銀の月。

凛とした佇まいと、満ち欠けにより様々な姿を見せてくれる表情の豊かさ。

夜の闇も、柔らかく照らし、光に包んでくれる。

ただ、月が輝くのは夜だからか、この美しさを知らない人が多いのが残念だ…。

時には夜空を見上げてみてほしい。

  
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太陽と月は表裏一体、昼と夜を連綿と繰り返す。

今まさに太陽が水平線の彼方に落ちようとしている中、月が輝く時が来たのだと思う。

 

14歳で乃木坂に加入した少女がここまで力を蓄えてきて、夜空には引き絞られた弓のような三日月が浮かんでいる事だろう。

  
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冒頭でアイドルの後継者は難しいと書いたが、なにも同じ事をする事が後継者だという訳でもない。

 

太陽と月が同じ訳はないし、同じであっては意味がない。

それぞれの光で、それぞれのやり方で地上を明るく照らしてくれる事こそが意味のある事。

やり方ではなく、いわゆる「志を継ぐ」という事だろうか。

グループを愛し、メンバーを愛するという気持ちが、本当の意味での「生駒里奈の後継者」になる事なんだと思う。

精神論になってしまうけれどね。 


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まぁ、その為にも運営には選抜に置いてもらわないとならないのだが、あの運営に見る目があるのか果たして…。

 


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そうそう、上の方で「太陽が水平線に沈む」というような表現を使ったが、勘違いする輩が出そうだから補足をしておこう。

あくまでも、「乃木坂」という場所から見ての事で、水平線の彼方にはまた違う場所が広がっている。

その場所を、生駒ちゃんの光で照らしてくれる事と思う。

 

 

生駒ちゃんの卒業はおそらく神宮じゃないかと思うけど、できれば20枚目で選抜に入ってそれまでに姉妹として一緒に輝いてる姿を目に焼き付けたい。

ほんのささやかな願い。