坂道徒然草

乃木坂46、欅坂46に関して思った事を思ったまま書き連ねる徒然草。 Twitter→@masa_NGZ

卒業センターを考える

2016年は、発売3曲の内2曲を卒業発表メンバーがセンターを務めた。

運営側も卒業商法で荒稼ぎできるという裏の事情はありつつ、ファンからしたら最後の花道として喜ばしい事だと思う。

 

ただ、問題点というか、疑問に思う事も多い。

まず、今後も続々と出てくる卒業メンバーの全員をセンターとするのか。

しないのなら、その判断理由なり基準なりはどうするのか。

グループへの貢献度、という言い方は好きではないな。

皆、グループのためにそれぞれの方法で努力を重ねてファンを獲得している。

人気メンバーなら当然、と言えばその線引きはどこなのか。

握手で測るのなら、30部メンだけでも何人居るのやら…。

 

そして、今回主に論じたい点は、曲そのものの継続性について。

言うまでもなくセンターというのはその楽曲の顔であり、グループのイメージであり、ストーリーそのもの。

「サヨナラの意味」も、数ヶ月も「橋本奈々未の曲」として音楽番組にも出続けて一般視聴者にも印象付けたし、ファンの間でもななみん卒業曲として大切な曲となっている。

 

それが、卒業した時点でもう完全な形で披露する事が叶わない訳で、ストーリーも途切れイメージも変わり、曲自体の寿命を著しく縮めてしまっている。

他のメンバーが代役になっても、万人を納得させる事は難しい。

ライブや歌番組で披露する度にセンターを替えていては、曲のイメージも変わっていってしまう。

 

2017年バースデーライブにおいてハルジオンを3期生が歌った事で、「巣立ちの曲」が「芽吹きの曲」へとその価値観を変えてしまったのが顕著な例だろうか。

 

そこで個人的な意見だけど…。

卒業メンバーをセンターとするのではなく、そのメンバーと繋がりが強いメンバーや可愛がっている若手などにセンターを任せ、卒業メンバーはセンター脇に立つのが良いのではないか。

 

「自身が去る」事を歌うのではなく、「グループが送り出す」形にする。

 

そうすれば卒業を祝福するという曲自体の価値観は変わらぬまま継続していく事ができるだろう。

2016年神宮の川後ハルジオンで深川麻衣に対する想いを感じて誰しもが納得したように。

 

また、橋本奈々未の場合はセンター候補として盟友のまいやん、親友のような川後P、ななみんを尊敬する純奈などが適任だったか。

これなら例えば選抜未経験の純奈であっても関係性は周知の事実だし、隣でななみんが目を光らせて後ろ盾になればファンも納得できるはず。(できなくても、せざるをえないはず)

そもそも、今の硬直して身動きが取れない選抜でも若手を登用する名目が立つし、対外的にもバトンタッチした若手の存在を周知できる。

経験を積み成長にも繋がれば、乃木坂の土台底上げにもなる。

 

当面の経験不足な面は左右に控えるフロント常連組がフォローすればいいだけだし、デメリットよりもメリットの方が大きいと思う。

 

次の卒業がいつ、誰になるのか分からないけど、何も考えずに卒業センターと卒業ソロ曲を増やすよりは良いと思うのだが…。