坂道徒然草

乃木坂46、欅坂46に関して思った事を思ったまま書き連ねる徒然草。 Twitter→@masa_NGZ

中元日芽香卒業に寄せる駄文

中元日芽香 卒業報告ブログ。

 

blog.nogizaka46.com

 

このブログから漫然と受ける印象は、

『剣折れ矢尽きて、悔しさもありながら「ここまでよく戦った」と自分に言い聞かせている』

ような感じ。

 

でも私としては、眼前の敵よりもむしろ自国の貴族階級の壁にぶつかり剣も矢も持たされず

「手足を縛られた状態で戦わされた」

というのが実態だったんじゃないかな、という印象かな…。

 

ブログの中の一節。

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「優秀なアイドル」とはなんだろうか。

華やかなステージで歌う事だろうか。

そういう意味で使われたら、一度も選抜入りしてないメンバーは敗残者となってしまわないか。

 

陸上や水泳の競技者はタイムや距離など明確な基準がある。

プロ野球やサッカー、テニスなども対戦相手を上回るという基準がある。

映画監督や小説家、ミュージシャンなどは・作品について評価される。

 

これらはすべて事前に積み重ねた努力の「結果」に対して優劣が評価される。

ところが、アイドルというのは努力の「過程」が一つの指標として評価される。

 

擬似恋愛の相手としてだけでなく、兄と妹、親と娘のような「成長を見守る」事がファンの楽しみ方としてあり、それが喜びや悲しみや苦しみともなる。

 

そう言った意味では中元日芽香は、乃木坂全メンバーの中でもトップクラスに優秀なアイドルだったのではなかろうか。

これほどドラマチックに山あり谷ありを駆け抜けたメンバーは他に居ないと思う。

アンダーセンターを連続していた頃になぜ選抜入りできないのか、ファン側の悲しみや憤り、それによる握手券購入での奮起。

選抜入りしてジャケットに写っていた時の喜び。

 

結果を出す出さないではなく、ファンと苦楽をともにする事も、アイドルとして一つの在りようなんだと思う。

 

もちろん、AKB総選挙のように順位という絶対の指標で評価される面もある。

そういった幾つかの評価基準は有るが、そのどれか1つを極める事すら大変な事だ。

その中で中元日芽香は、「ファンと共に歩むアイドル」として、最高のアイドルであると断言したい。

 

ひめたん、卒業おめでとうございます。